虚無感の中で、自分を見つめ直す時間
ここしばらく、心の奥にぽっかりと穴があいたような感覚が続いています。
特別な理由があるわけでもないのに、何をしてもどこか他人事のようで、楽しいと思う瞬間も、ほんの一時の明るさで終わってしまう。
きっと、誰にでもそんな時期があるのだと思います。
それでも、そのたびに心の奥から静かに虚無感が押し寄せてきます。
この感覚は、若い頃にも何度かありました。
けれど、年齢を重ねた今でも、どうしても慣れることができません。
いつ訪れても、心が少しざわつき、戸惑いを覚えます。
「またこの感覚か」と思う一方で、やはりそのたびに立ち止まってしまうのです。
ここ数年、生活の基盤を大きく変えたこともあり、気持ちの波がこれまで以上に分かりやすく押し寄せるようになりました。
浮かんだり沈んだりする心の動きをどう扱えばいいのか ――
そんなことを考える時間が、今は増えています。

浮き沈みのある自分を、少し離れて見てみる
改めて振り返ってみると、どうやら私は気分の浮き沈みが激しいタイプのようです。
無理に浮き沈みをなくそうとするよりも、「いまは沈んでいる時期なんだ」と少し離れて眺めるようになってきました。
そう思えるようになっただけでも、以前より心が軽くなりました。
昨年を振り返ると、浮き沈みがありながらも充実した一年でした。
- 会社を完全に退職し、無職としての生活がスタート
- 国民年金や国民健康保険への切り替え、企業型DCからiDeCoへの移行
- 国民健康保険料の減免申請の経験
- 当ブログの定期更新を2025年6月から継続
- 大規模な断捨離
- リベシティを通じた大阪・京都などでの5回のオフ会参加
- リベシティフェスで、約1,000人の前で10分間登壇
こうして並べてみると、生活の変化も人との関わりも多く、「動きのある一年」だったのだと改めて思います。

大きな変化と、その影響
書くことは控えますが、昨年は気持ちが大きく揺らぐ出来事もありました。
一時的にはかなり落ち込みましたが、振り返ってみると、結果的には「良い面のほうが多かった」一年だったと思います。
また、長く休んでいたドラクエ10オンラインの課金を再開し、
趣味に時間を割けるようになったことも、小さな喜びのひとつでした。

充実のあとの反動
充実した時間が一段落した頃から、心の反動のように虚無感が顔を出すようになりました。
今年に入ってからも、大阪でのリベシティのオフ会に参加し、テンションは上がったものの、その高揚感が落ち着いた後に、逆に気持ちが沈むような感覚がありました。
また、会社員時代の友人が声をかけてくれたり、訪ねてくれたりすることもあり、嬉しい気持ちになるのですが――
友人を見送った後の反動が大きく、ふとした瞬間に寂しさが胸に広がることがあります。
そんな感情の波に、自分でももどかしさを感じることがありました。

朝活が、心の支えになっている
それでも続けられていることがあります。
一昨年の元日から続けている「朝活」です。
朝早く起きて、まだ誰も動き出していない静かな時間に、ジョギングをするべく始めましたが、最近は散歩に落ち着いています。
この習慣が、今の私にとって大きな心の支えになっています。
特別なことをしているわけではありません。
それでも「続けている」という小さな積み重ねが、今の自分を支えてくれています。

いまの虚無感に、少し理由を探してみる
この虚無感の背景には、いくつかの要因が重なっているように考えています。
イベントが終わった後の反動、寒さによる体調の変化、そして年齢による身体の不調。
どれも小さなものかもしれませんが、重なると心に影を落とします。
いまは、バイオリズムが低調な時期。
だからこそ、無理に何かを変えようとせず、朝の散歩を続けながら、少しずつ身体を動かす時間を増やしていく。
そんな小さな一歩を重ねながら、今を受け止めていこうと思っています。

おわりに
心の波は、どうしても避けられないもの。
落ちているときには「もう戻れないかも」と思ってしまいますが、少しずつ浮かんでくる自分を、これまで何度も経験してきました。
だから今回もきっと大丈夫。
焦らず、比べず、今の自分を静かに見つめる時間にしていけたら ――
そんな風に思っています。



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